古琵琶湖の底の土
灰音窯が使うのは、窯の谷で採れる古琵琶湖層の荒土です。指で崩すと、白っぽい地のなかに砂粒がざらりと混じっているのがわかります。
この土は、焼きものの言葉でいう腰が強い。背の高いものを挽いても途中でへたらず、押した分だけかたちが残ります。そして耐火性が高い。四日四晩、千二百度を超える炎の中に置かれても、形をくずしません。
灰音窯
穴窯と赤松の、山あいの窯元・灰音窯。
窯の闇で、器はまだ土の色をしている。
赤松の灰が、器に降りつもる。
釉薬は、ひと刷毛も塗りません。四日四晩、赤松を焚きつづける。千二百度を超える炎の中で、舞い上がった灰が器に降り積もり、土と溶け合ってガラスになります。
冷めるほどに、景色が現れる。
火を止めて、窯が冷めるのを待つこと三日。灰はガラス質のビードロに変わり、炎の通り道には橙の火色が残ります。同じ景色は、二度と焼けません。
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窯のある谷を少し下ると、崖の肌に白っぽい土の層が現れます。古琵琶湖層といって、およそ四百万年前から四十三万年前にかけて、このあたりが湖の底だったころに積もった地層です。琵琶湖のまわりから南へ、南北およそ五十キロにわたって横たわっています。器のはじまりは、その層から掘り出した、ひと掬いの土です。
灰音窯が使うのは、窯の谷で採れる古琵琶湖層の荒土です。指で崩すと、白っぽい地のなかに砂粒がざらりと混じっているのがわかります。
この土は、焼きものの言葉でいう腰が強い。背の高いものを挽いても途中でへたらず、押した分だけかたちが残ります。そして耐火性が高い。四日四晩、千二百度を超える炎の中に置かれても、形をくずしません。
この荒土には、長石と石英の砂粒がたくさん混ざっています。窯の中で、この二つはそれぞれ違うふるまいをします。石英の粒は表面ではぜて割れ、白い傷のような跡を残す。これを石はぜと呼びます。
長石のほうは熔けて、ガラスの粒になる。丸くぷつりと光るそれが、蟹の目です。景色は釉薬から始まるのではありません。掘ってきた土に、はじめから混ざっている石から始まっています。
掘った土は、しばらく寝かせてから練ります。両手で押しては返し、押しては返してを繰り返し、中に残った空気を追い出していく。練り上がった土の側面には、菊の花びらのような筋が残ります。
菊練りという名は、この筋から来ています。昔から菊練り三年といわれるとおり、身につくまでに時間のかかる仕事です。ここを急いだ器は、四日四晩の炎の中で必ず割れます。
灰音窯には、釉薬の甕がありません。器の表面を覆うビードロは、焚いた赤松の灰が炎の中でそのまま熔けたものです。
だからここでは、薪をどう選ぶかが、そのまま釉薬をどう選ぶかになります。どの木を、どんな太さに割り、どの頃合いにくべるか。窯焚きの四日四晩は、そのまま釉がけの四日四晩でもあります。
赤松は樹脂を多く含むので、火の付きが早く、炎が長く伸びます。窯の中では火足が十メートルを超え、ナラやカシの倍以上も奥まで届きます。そのわりに燃えたあとの燠は三割ほど少なく、そのぶん窯の温度が下がりにくい。
短い時間で温度を上げられて、上げた温度を落とさない。そして何より、赤松はほとんど燃え尽きて灰になります。「赤松がうちの釉薬です」と、先代は言っていました。
窯焚きは、火を入れる何か月も前、薪を割るところから始まります。割った薪は屋根の下に積み、雨に当てずに乾かしておく。湿った薪は温度を奪うので、ここで手を抜くと本番で効いてきます。
火が入れば四日四晩。弱い火で湿気を抜くあぶりから始め、攻め焚きで一気に押し上げ、最後はねらして温度を保ちます。そのあいだ数十分おきに焚き口を開け、薪をくべ、また閉じる。眠らない四日間です。
舞い上がった灰は、器の上を向いた面にうっすらと降り積もります。赤松の灰はカリウムとカルシウムの酸化物に富んでいて、これが融剤としてはたらきます。
土の側にある珪酸は、そのままではもっと高い温度でなければ熔けません。そこへ灰が乗ることで熔ける温度が下がり、千二百度を超える炎の中でガラスに変わります。ビードロの色は、灰にわずかに含まれる鉄が、酸素の少ない窯の中で発色したものです。
窯の中で起きることに、人は手を出せません。焚き口を煉瓦でふさいだそのときから、器の行方は炎と灰にあずけられます。だから火を入れる前に、こちらの手でできることは残らずやっておきます。土を寝かせるのも、ろくろで挽くのも、生乾きを待って高台を削るのも、そのあとの四日四晩を炎にまかせるための準備です。
はじまりは、ひと塊の土。
手のひらが、かたちを覚えている。
ろくろで立ち上げた器を、生乾きになるまで待つ。伏せて電動ろくろに据え、一定の速さで回しながら、鉋の刃を底に当てていきます。高台の線が立ち、削りかすが螺旋になって飛びます。
あとは、炎にたくすだけ。
回るろくろに土を据えたら、まず手のひらで押し上げ、押し下げて、塊の中心を出します。土殺しと呼ぶこの作業が済むまで、どんな器にするかの話は始まりません。
中心が出たら、水を含ませながら壁を薄く立ち上げていきます。押せば逃げ、力を緩めれば戻ってくる。ろくろは、その日の息づかいをそのまま写します。手が固いと、器も固くなります。
挽き上げた器は、生乾きになるまで待ちます。乾きすぎれば刃が入らず、柔らかすぎればかたちがゆがむ。触れた指から冷たさがすっと引く頃合いを見て、伏せて電動ろくろに据えます。
鉋の刃を底に当てると、削りかすが螺旋になって飛びます。高台の線が立ったところで、器の姿がひとつ引き締まる。このとき見ているのは厚みの数字ではなく、持ち上げたときの軽さです。
窯から出したばかりの器は、畳に触れる高台のふちがざらついています。無釉のまま焼き締まった土は硬く、爪を立ててもびくともしません。
そこを砥石で少しずつ落とし、伏せて置いてがたつかないか、指でなぞって引っかからないかをたしかめます。最後に、口のふちを唇に当ててみる。四日四晩を炎にまかせた器の、いちばん最後の数分だけが、人の手の仕事です。
窯のどこに置かれ、炎がどちらから当たり、灰がどれだけ降り、まわりにどんな器が置かれていたか。焼き上がりの表情は、その全部が重なった結果として出てきます。この土地では、それを景色と呼びます。
同じ窯の同じ棚に並べても、隣り合った二つが同じ景色になることはありません。だから窯出しは、作った本人にとっても、はじめて見る顔との対面です。
炎が直に当たった面に、橙から緋へ移る色が差します。土に含まれる鉄分が、酸素の多いところで酸化して出る色です。
同じ器でも、炎に向けていた側と壁を向いていた側では、表情がまるで違います。窯詰めのときにどちらを向けて置いたか。その一手が、そのまま焼き上がりに残る。置き方を決めるのは人、色を決めるのは炎です。
灰は、器の上を向いた面に広くかかります。熔けたそれは重みで下へ流れ、肩から胴へ、透きとおった筋を引きます。
流れた先に厚く溜まったものが、釉だまりです。厚いところは青緑に沈み、薄く流れたところは黄緑に近くなる。とんぼの目のように、ぽつりと三つ並んで溜まることもあります。どこを上にして詰めたかが、そのまま流れの向きです。
窯の底のほうで、灰や燠に深く埋もれた部分は、黒褐色に炭化します。これを焦げと呼びます。
降り積もった灰が、熔けきらずにそのまま景色になったものは、灰被り。ビードロのように透きとおらず、砂を吹きつけたようなざらりとした肌になります。どちらも、炎の通り道ではなく、灰の溜まる場所に置かれた器だけが持って出てくる表情です。
窯出しの日、器は谷を下りて、道ぞいの小屋の棚に並びます。飾りつけらしいことは何もしません。板の棚に置いて、明かりの入る向きだけを直しておく。
四日四晩、人が手を出せなかったものが、ここではじめて人の手に触れます。持ち上げてみて、はじめて重さのわかる器です。ここから先は、私たちの手を離れて、器が人と過ごす時間になります。
火を止めて三日、窯が冷めきるのを待ってから器を運び出します。熱の残るうちに開ければ、急に冷えた器にひびが入る。四日四晩をかけたものを、最後の半日で失うわけにはいきません。
棚に並べたものを、訪ねてきた人が一つずつ手に取り、明かりに透かし、伏せて高台をたしかめる。こちらから説明することは、ほとんどありません。窯出しの日の店先は、一年でいちばん静かな時間です。
無釉の焼き締めは、使うほどに表情が変わります。水を注げば土が湿って色が深くなり、洗って乾かすことをくり返すうちに、手ざわりが少しずつ丸くなる。
ビードロの面には細かな貫入が入り、そこにお茶の色が染みて、線が浮かんできます。汚れではなく、その器が過ごした時間です。窯を出た日の姿は、完成ではなく、はじまりの姿だと思っています。
棚が空いていくと、また谷を下りて土を掘ります。寝かせ、練り、挽き、生乾きを待って削る。その裏では、次の窯のための赤松を割って積んでいます。
一度火を入れれば四日四晩、冷ますのに三日。窯はそう何度も焚けるものではありません。次の四日四晩に何を託すかを考えながら、残りの日を過ごしています。この繰り返しが、灰音窯の一年です。
同じ色は、二度と生まれない。